紙工視点 2018.09.26.(水)

辰野しずかの作り方:
作り手と使い手の、繊細な接点を探る

「紙工視点」第2回目のインタビューでは、参加作家のデザインへの向き合い方を掘り下げます。前回のインタビューで「愛を持って、デザインに取り組んでいる」と話してくれた、辰野しずかさん。プロダクトデザイナーとして、さまざまな工芸工房とも仕事をしてきました。作る人、そして使う人に向ける、辰野さんの視点を追いかけました。

中目黒にある、辰野さんのオフィスにて。

―前回のインタビューで「人が好き」とお話されていましたが、工芸分野などですと、作る人とも密接に関わることが多そうですよね。

辰野しずか(以下、辰野) そうですね。工芸の現場って、家族だけで経営しているような工房もあります。代々伝わる技術で取り組んでいて、工房に、彼らの人生が集約されているんです。そういうお話を聞くと、作る人のことも、ないがしろにはできません。その人たちの、人生があるから。だから、作る人が新しいことにチャレンジしたい、と思う気持ちに応えることが、私にとっても大事です。

「hiiro」は、岡山県のDAIKURAさんと製造した、備前焼のウォーターカラフェ。備前焼には「備前水甕(みずがま)水が腐らぬ」という、古くからの言い伝えがあるそうです。辰野さんは、水を一昼夜入れておくと味がまろやかになるという、焼き物が持つ特性に感銘を受け、このウォーターカラフェ(水さし)を提案しました。http://www.dai-kura.com/hiiro

―多くのデザイナーは使う人のことを考えますが、辰野さんは加えて、作る人のことも意識するんですね。

辰野 はい。だから、あえて「工場泣かせ」なデザインを提案することもあるんです。

―工場泣かせ!

辰野 今回の「紙工視点」でも意識的に、ちょっと大変そうで、トライアルが必要そうな要素を盛り込みました。宮田さん※たちは「ちょっとじゃないよ」と、言うかも知れませんけれど(笑)
※宮田さん:福永紙工の構造設計士。「紙工視点」では、デザイナーの提案を、実際に製品に落とし込むための設計プロセスを担当。デザイナーの実現したいことを深く理解し、細部に行き届く配慮に、定評があります。

―福永紙工の現場の方々も、たくさんトライアルを繰り返して、ベストな方法を探っていましたね。

辰野 そうですね。作り手に、やりがいを感じてもらえるような提案をすることは、私の仕事の、一つの基本姿勢です。
制作過程では、初めてのことも多く、完成への道のりは決して簡単なものではありません。作り手と一緒に、一喜一憂する苦しい時間が長く続くこともあります。でも出来上がったものを手にしたときに、工場や工房の人が達成感を感じてくれたり、新しい分野を見つけられたり、発展性を見出してくれたりしたらいいなと思います。それが、私自身の喜びでもあります。

―辰野さんは「届けた人の喜び」も大事にしているとお話していましたけれど、両者が幸せになれるような、接点を探しているのでしょうか?

辰野 そうなんですよ。まさにそういうところで、思考を巡らせているんです。私のクリエーションの、コアになる部分かもしれません。工場のできることを最大限生かしたうえで、目にする人の心も動かす。そういう難しいところを探って、製品として具現化する。実はいつも、かなりギリギリなところをついているんです。外からは見えませんけれど、結構がんばっています(笑)

―使う人と、作る人を対等に考えて、つなげる役割なんですね。

辰野 両方の人のことを、すごく気にして作っていますが、そのバランスが難しくて。作っているうちに、ついつい、工場や工房寄りの考えになってしまいそうになるので、「使う人のことも考えなきゃ」と自分を引き戻しています。使ってくれる人、買ってくれる人がいてこそ、ものを作る意味があるので。せめぎ合いですね。

ーどんなプロジェクトでも同じですか?

辰野 そうですね。工芸の仕事に関わってきたから、自ずとついた能力だと思うんですけれど。工芸の工房の方々が、私に依頼をしてくれる理由は、変わりたいという気持ちがあるから。現状維持でよかったら、新しいことなんてしなくてもいい。「一歩進めるきっかけを作ること」が自分のミッションだと思っているので、自然とその思考回路で、他のプロジェクトにも取り組んでいるかもしれません。これまで工芸の仕事が多かったから、そこがフォーカスされることが多かったんですけれど、根本的な思想は、そういう部分ですね。

アウトプットだけでなく、作るプロセスそのものに、辰野さんのこだわりがあります。

―ものすごく、自分勝手じゃない作り方ですよね。

辰野 「美しい」みたいな基準も、自分自身のこだわりだけでなく、一般の人や、バイヤーさんがどう思うかを意識しています。経験値的に、到達すべきレベルはわかっているので、そこに行き着いているかどうかで、ジャッジします。見た人が「おっ」と思えるかどうか、というところですね。でも最近は、基本に立ち戻るために「自分が本気で欲しいものになっているかな?」というのも考えます。そうしないと、どうしても世の中に出たとき、弱いものになってしまうので。

―かといって、マス向けのプロダクトとも雰囲気が違います。バランス感がありますよね。

辰野 私にとって大切なのは、作る人のやりがいと、使う人の喜びとを両立させること。自分の好みによる細かい美のこだわりは、そこまで重要ではないですが、ここだけは抑えないといけない、というところは、しっかり工場にがんばってもらいます。
もちろん、完成度の許容範囲はあります。でも、ターゲットユーザーが気にしないような角Rにこだわって、コストのバランスが崩れたり、作る人が変に無理してしまったりするのならば、そこはあっさり諦めます。

―完成度のラインを定めるのは難しいと思うのですが、どう経験値を高めてきたのでしょう?

辰野 もちろんこれまでの仕事もありますけれど、結構いっぱい、ものを見ています。ミラノ・サローネなどにもなるべく行きますし、国内の見本市は、小さいものも含めて、ほぼ目を通すようにしています。その際に、見ている人、触れている人の反応も、観察するようにしています。

辰野さんが、ブランドの立ち上げからプロダクトデザインまで関わった「KORAI」(HULS)の「センスウェア」として生まれた、「水の器」。水を入れ、窓辺に置くと、風に揺れる波紋が地面に映り込みます。富山のガラス作家、光井威善さんが制作。https://koraikogei.com/jp/senseware/

―紙工視点は「デザイナーの視点」で新製品を作るプロジェクトですが、とことん関わる人のことも考えてしまうところも、辰野さんの視点かもしれません。

辰野 うん、そうですね。やっぱり、このプロジェクトの製品も、福永紙工のものとして世の中に出るわけだし、工場で作る人もいるし、みんな真剣に働いているから、どうしても見逃せないですよね。はじめからもう無意識に、ルールとして自分のデザインに取り込まれていました。「自由に」と言われても、作る人がいい方向に進む方がいいんですよね。

―工芸のお仕事で身についた感覚が、いい形で辰野さんの仕事のスタイルを作っているのかもしれませんね

辰野 紙工視点も、福永紙工が新しいことにチャレンジしたい、という思いを持ったプロジェクト。工場のポテンシャルを最大限生かせるような、加工技術の可能性を一緒に探れたのがよかったです。

第3回目に続きます

取材・構成:角尾 舞

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